百足伝
百足伝とは、武道の心得を詠んだ道歌です。
- 稽古には 清水の末の 細々と 絶えず流るる 心こそよき
- 夕立の せきとめかたき やり水は やがて雫も なきものぞかし
- うつるとも 月も思わず うつすとも 水も思わぬ 猿澤の池
- 幾千度(いくちたび) 闇路をたどる 小車の 乗得てみれば 輪のあらばこそ
- 稽古には 山澤河原 崖や淵 飢えも寒暑も 身は無きものにして
- 吹けば行く 吹かねば行かぬ 浮き雲の 風に任する 身こそやすけれ
- 山河に 落ちて流るる 栃殻も 身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ
- わけ登る 麓の道は 多けれど 同じ雲井の 月をこそ見れ
- 兵法は 立たざる前に 先づ勝ちて 立合てはや 敵はほろぶる
- 體と太刀と 一致に成りて まん丸に 心も丸き これぞ一圓
- 稽古にも 立たざる前の 勝にして 身は浮島の 松の色かな
- 曇りなき 心の月の 晴やらば なす業々も 清くこそあれ
- 軍(いくさ)にも まけ勝あるは 常の事 まけて負けざる ことを知るべし
- とにかくに 本を勤めよ 末々は ついに治る ものと知るべし
- 兵法の 奥義は睫の 如くにて あまり近くて 迷いこそすれ
- 我流を つかはば常に 心還(また) 物云ふ迄も 執行(修行)ともなせ
- 我流を 使ひて見れば 何もなく ただ心して 勝つ道を知れ
- 兵法の 先(せん)は早きと 心得て 勝を急(あせ)って 危うかりけり
- 兵法は つよきを能きと 思なば 終には負けと 成ると知るべし
- 兵法の 強き内には つよみなし 強からずして 負けぬものなり
- 立会はば 思慮分別に 離れつつ 有そ無きぞと 思ふべからず
- 兵法を 使へば心 治まりて 未練のことは 露もなきもの
- 朝夕に 心にかけて 稽古せよ 日々に新たに 徳を得るかな
- 長短を 論することを さて置て 己が心の 利剣にて斬れ
- 前後左右 心の枝 直ぐならば 敵のゆがみは 天然(しぜん)と見ゆ
- 雲霧は 稽古の中の 転変そ 上は常住 すめる月日ぞ
- 兵法は 行衛も知らず 果てもなし 命限りの 勤とぞ知れ
- 我流を 教へしままに 直にせば 所作鍛練の 人には勝べし
- 麓なる 一本の花を 知り顔に 奥もまだ見ぬ 三芳野の春
- 目には見え 手には取れぬ 水中の 月とやいはん 流儀なるべし
- 心こそ 敵と思ひて すり磨け 心の外に 敵はあらじな
- 習より 慣るるの大事 願くは 数をつかふに しくことはなし
- 馴るるより 習の大事 願くは 数もつかへよ 理を責めて問へ
- 屈たくの 起る心の 出るのは そは剣術に なるとしるべし
- 世の中の 器用不器用 異ならず 只真実の 勤めにそあり
- 兵法を あきらめぬれは もとよりも 心の水に 波は立つまじ
- 剣術は 何に譬へん 岩間もる 苔の雫に 宿る月影
- 性(さが)を張る 人と見るなら 前方に 物あらそひを せぬが剣術
- 兵法は 君と親との 為なるを 我身の芸と 思ふはかなさ
- 一つより 百まで数へ 学びては もとの初心と なりにけるかな